2026年8月

2026.08.23
その他

幽霊利益への課税は合理的か

米国は、市民や長期居住者に対して世界中の所得を課税する国である。その一方で、株式や投資資産の値上がり益は、実際に売却するまで課税されない。 ところが、米国の出国税には少し不思議な仕組みがある。 たとえば、1,000万円で購入した株式が、市民権やグリーンカードを放棄する時点で3,000万円になっていたとする。本来であれば売却しない限り利益は確定しない。しかし出国税では、その株を売っていなくても2,000万円の利益が生じたものとして税金を計算する。 手元に現金はないのに税金だけが発生するため、このような含み益への課税は「幽霊利益への課税」と呼ばれることがある。 米国が幽霊利益に課税する理由 一般に、非居住者が得る株式等のキャピタルゲインには、米国で課税されないことが多い。 そのため、富裕層の中には、市民権やグリーンカードを放棄して非居住者となった後に資産を売却し、米国課税を回避するケースがあった。 米国政府から見ると、米国に住んでいた期間に生じた値上がり益であるにもかかわらず、その利益に課税できなくなってしまう。これを防ぐために導入されたのが「みなし譲渡課税」である。 covered expatriate(対象者) に該当する人については、出国日の前日に時価で財産を売却したものとみなして利益を計算する。つまり出国税とは、米国の課税権を守るための最後の精算制度なのである。 納税者にとっては厳しい制度 もっとも、この制度には大きな問題もある。最大の問題は、利益がまだ現金化されていないことである。株式や不動産の評価額が上昇していても、売却しない限り手元にお金は入らない。しかし税金だけは先に支払わなければならない。 非上場株式 事業の持分 流動性の低い不動産 長期間保有する予定の株式 などは負担が大きくなりやすい。 さらに、出国時に3,000万円として課税された株式が、その後1,000万円まで値下がりすることもある。その場合、実際には利益を得ていないにもかかわらず税金だけを支払ったことになる。 また、日本へ帰国した後にその株式を売却すると、日本でも課税される可能性があり、場合によっては二重課税の問題が生じることもある。 「合理的だが厳しい」──これが出国税 出国税は、米国の課税権を守るという意味では合理的な制度である。 納税資金を確保しなければならない 財産評価をめぐる争いが生じる 出国後の値下がりリスクを負う 国際的な二重課税の問題が起こり得る といった負担も納税者に課している。したがって、出国税は「不合理な制度」でも「完全に公平な制度」でもない。米国の課税権を守るという目的には合理性がある一方で、納税者には相当の負担を求める制度と理解するのが適切であろう。 まず確認すべきこと もっとも、幽霊利益への課税はすべての人に適用されるわけではない。対象となるのは、一定の条件を満たす covered expatriate(対象者) に限られる。 代表的な判定基準は次の三つである。 純資産が200万ドル以上であること(純資産基準) 過去5年間の平均所得税額が2026年では21.1万ドル以上であること(納税額基準) 過去5年間の税務申告を適正に行っていないこと(適正申告基準) 多くの日本人のグリーンカード保有者は、純資産基準や納税額基準には該当しないことが多い。しかし、過去5年間の申告が適正に行われていなかったために対象 と判定されるケースには注意が必要である。 毎年の申告と納税をきちんと行うことは、将来グリーンカードや市民権を離脱する可能性がある人にとって重要な準備の一つだ。 また、長期間米国外に居住しているグリーンカード保持者が米国へ入国する際、永住意思の欠如を理由としてグリーンカードの自主返納を求められるケースもある。税務上の影響を十分理解しないまま返納手続に応じてしまうと、思わぬ形で出国税の問題に直面する可能性もある。 幽霊利益への課税は、米国に住んでいた間に生じた値上がり益を課税の網から逃さないために設けられた制度である。制度の趣旨は理解できる。しかし、実際には売却していない財産に課税する以上、納税資金や値下がりリスクといった問題は避けられない。出国税を考える際に最も重要なのは、「幽霊利益がいくらあるか」ではなく、まず自分が covered expatriate (対象者)に該当するかどうかを確認することである。そこが、出発点になる。

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2026.08.09
所得税

「還付される」と「受け取れる」は別問題

日本に住みながら米国の確定申告を行っていると様々な問題にぶつかる。いかに正しい申告をしていてもIRSが処理をしてくれない、適正でない判断で追加の対応を迫られる、還付金をいつまでたっても受け取れないとか枚挙にいとまがない。そのうちの一つが、税金が還付されるかどうかではなく、還付金を実際にどのような方法で受け取るのかという問題がある。特に注意が必要なのが、米国不動産を売却するケースだ。 不動産譲渡の還付金 日本在住者などの外国人が米国不動産を売却すると、買主または決済関係者が、売却額に対して源泉徴収を行うことがある。一般的な源泉徴収率は15%だ。 これは必ずしも最終的な米国所得税額を意味しない。売却年に対応する米国所得税申告において、取得価額、改良費、売却費用、減価償却、損失、その他の所得および控除を考慮して最終的な税額を計算した結果、源泉徴収額が最終税額を上回ることがある。その場合、差額が還付されることになる。 つまり、米国不動産の売却では、売却時に多額の税金がいったん源泉徴収され、その後、米国の確定申告を通じて過納付分の還付を受けるという流れになる。 紙小切手から電子決済へ この時に近年の米国政府による支払方法の変更が重なっている。米国財務省およびIRSは、2025年9月30日以降、連邦政府による紙小切手の発行を原則として縮小し、アメリカの金融機関への振り込みだけに移行を進めている。IRSは、個人納税者に対する紙の還付小切手についても、原則としてこの日以降、段階的に廃止する方針を示している。 もっとも、紙小切手が完全に消滅したわけではない。電子的な代替手段を利用できない場合など、限定的な例外では紙小切手が発行される。例外なので時間がかかりがちだ。 日本在住者が直面する課題 米国に居住していた時に使用していた銀行口座が残っていれば、「その口座に還付金を振り込めばよい」と考える。しかし、米国を離れた後も、その口座を従来どおり維持できるとは限らない。金融機関によっては、海外居住者に対してサービスを制限したり、住所、納税者情報、本人確認、電話番号などについて追加手続を求めたりすることがある。「米国の銀行口座を持っているから、還付金も問題なく受け取れる」とは限らない。 紙小切手の場合 紙小切手が発行された場合にも、日本在住者には別の問題が生じる。日本国内で米国発行の小切手を取り扱う金融機関は限られている。SMBC信託銀行Prestiaは、一定の条件のもとで外国小切手の取立を取り扱っているが、すべての小切手を無条件に受け付けるわけではない。小切手の発行元、通貨、券面、受取人名、発行日、裏書などを確認したうえで、取扱可否が判断される。 また、米国財務省小切手は、通常、発行日から1年を過ぎると無効となる。さらに、金融機関には独自の受付期限があるため、米国財務省上の有効期間内でも残存期間が少ないと取立を受け付けてもらえない可能性がある。 また注意が必要なのが、夫婦合算申告などにより、夫婦2名が受取人として記載された小切手である。実際にどの口座へ入金できるか、夫婦の一方の個人口座へ入金できるか、双方の来店や同意書が必要かとか、よりハードルが高くなる可能性がある。 「還付される」と「受け取れる」は別問題 米国税務では、「正しく申告し、還付を受ける」だけではなく、日本在住者の場合、その先まで考えておく必要がある。IRSが還付を認めることと、納税者がその還付金を実際に受け取れることは、別の問題だからである。 米国不動産の売却では、還付金の金額が大きい・海外の申告者ということでIRSのチェックが厳しくなる。IRSの慢性的な処理遅延で還付金を受取るまでに年単位の時間がかかってもおかしくはない。さらにその先も頭においておきたい。 • 日本の金融機関で米国小切手を取り扱ってもらえるのか • 夫婦2名宛ての小切手を一方の個人口座へ入金できるのか • 小切手が期限切れになった場合どのするのか等々 これらは、税額計算そのものとは別の「還付金受領の問題」である。 日本在住者にとっては、「還付される」ことと「実際に受け取れる」ことは、別の問題だ。特に、還付金額が大きくなりやすい米国不動産の売却では、最終的な税額だけでなく、還付金を受け取るまでを含めて資金計画を立てることが、これまで以上に重要になっている。

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2026.08.02
国際税務

IRSの自動化がもたらす新しい負担

このところ、日本在住の米国納税者のもとに、IRSから申告内容の修正や追加税額の支払いを求める通知が届くケースが目立つようになっている。従来から情報照合による通知制度(Matching Program)は存在したが、IRSでは近年、自動照合や紙書類のデジタル化が進められており、人手による確認を経ずに通知が発行される場面が増えている。 一方で、人員不足や郵便処理の滞留は依然として課題であり、納税者が提出した説明資料や修正申告の処理には時間を要することがある。その結果、納税者からは「否認通知はすぐ届くのに、こちらの反論や修正申告はなかなか処理されない」と感じられるケースも少なくない。 もっとも典型的な例が、米国社会保障年金(Social Security)を受給している日本在住者への通知である。SSAは受給者に対しSSA-1099やSSA-1042Sを送付し、その情報はIRSにも報告される。IRSはこの情報を基に、納税者の申告内容と突き合わせる。日本と米国の租税条約では、社会保障年金は基本的には居住国で課税されるため、日本在住者は日本で申告し、米国申告では課税対象外となる形が大勢だ。 しかし自動化された照合システムは、条約の適用を理解しているわけではない。 「IRSに年金の情報が届いているのに、申告書に記載がない」 という表面的な差異だけでフラッグが立ち、否認通知が発せられる。人間の目で条約を確認すれば一瞬で解決する問題が、機械判定では「未申告」「所得漏れ」と扱われてしまう。 納税者にとって問題はここからだ。IRSからの通知を無視することはできず、内容を理解し、条約適用を根拠として反論しなければならない。反論が遅れれば、追加税額の請求が確定し、場合によっては督促や徴収措置に進む可能性もある。実務上、通知の意味が分からず放置してしまうケースや、少額だからと支払ってしまうケースも見られる。しかし、数十万円から数百万円規模の誤課税が生じることもあり、看過できない問題である。 IRSの自動化は、業務効率化という点では理解できる。しかし、条約適用が前提となる国際課税の領域では、機械的な照合は誤判定を生みやすい。日本在住者の米国申告は、海外住所・海外口座・紙提出・条約適用など、そもそも標準処理から外れやすい構造を持つ。そこに自動化された否認通知が加わることで、納税者は申告書作成とは別次元の負担を抱えることになる。 日本から米国申告を行う個人にとって、IRSからの通知は大きなストレスであり、対応には専門的な知識が求められる。自動化が進むほど、条約適用の説明や反論の重要性は増す。機械的な照合がメインとなる現状は、納税者にとって決して望ましいものではない。国際課税の複雑性を踏まえ、IRSには自動化と人手による判断の適切なバランスを求めたいところだ。

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