日本に居住する者がアメリカの社会保障年金(Social Security)を受け取る場合、その課税関係は日米租税条約第17条により明確に定められている。同条は社会保障給付について「居住地国のみ課税」と規定しており、日本居住者が受け取る米国社会保障年金は日本で課税され、アメリカでは課税されない。この点は条約本文に明記されており、解釈の余地はない。
しかし、実務において IRS が条約の規定を自動的に認識するわけではない。IRS は米国税法の通常ルールに従えば、米国源泉の年金は米国課税対象であると理解するため、申告者が条約に基づく課税権の排除を明示しない限り、通常ルールを適用しようとする傾向がある。このため、申告者は Form 8833 を添付し、「条約に基づき米国課税権を排除する」という立場を IRS に通知する必要が生じる。
ここで重要なのは、Form 8833 が「条約の効力を発生させる書類」ではないという点である。日米租税条約は国家間の合意であり、その効力は国際法に基づき自動的に発生する。条約の効力は個人の書類添付の有無で左右されるものではなく、国家間の合意に基づき常に有効である。
では、なぜ IRS は Form 8833 を要求するのか。それは、米国国内法である Treasury Regulation §301.6114‑1 が、条約によって米国税法の通常ルールを変更する場合には、申告者が IRS に対してその旨を通知する義務を課しているためである。Form 8833 は国際法上の条約適用要件ではなく、米国国内法上の「通知義務」と言える。
したがって、Form 8833 を添付しなかったとしても、条約は常に有効であり、申告者が条約に沿う処理を行っている限り、その内容は正しい。しかし、IRS は申告者が条約を使っていないと考えて、米国課税を適用しようとする。この誤解を解消するためには、後日であっても Form 8833 を提出すればよい。ただし、ここで注意すべき点がある。条約適用は常に有効であるが、還付請求には別の法律による「還付の時効」が存在する。もし条約適用により本来は米国税がゼロであるにもかかわらず、Form 8833 の提出漏れにより IRS が課税扱いとし、後日修正申告によって還付が生じる場合、還付請求がオリジナルの申告期限から3年を過ぎていれば、還付は時効により消滅する可能性が高い。条約適用は認められるが、還付は戻らないという状況が起こり得る。
日本から見れば「日米租税条約に書いてあるのだから、それで十分ではないか」と感じるかもしれない。しかし、アメリカは世界中から申告書を受け取る国であり、各国との租税条約の内容によって年金の扱いも多岐にわたる。IRS がすべての条約内容を自動的に把握し、申告者の意図を正確に読み取ることを期待するのは難しいかもしれない。
その意味では、横断歩道を渡る際に「横断中」の黄色い旗を掲げることが交通事故を未然に防ぐのと同じである。IRS に対して「私は条約に基づいて横断しています」と示すことで、誤解や不必要なトラブルを避けることができる。そう考えると、Form 8833 はまさに「横断中の黄色い旗」と言えるのかもしれない。
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