米国の市民権やグリーンカードを放棄する際、出国税(Form 8854)の対象となる可能性がある。この制度では、出国時に株式等の保有資産の「未実現利益(含み益)」を強制的に実現させ、米国で課税する。通常、課税は資産売却時に発生するが、出国税では未売却の資産も売却済みとみなす独特のルールが適用される。これにより、実際の現金収入がない幽霊利益に対しても課税が行われる。 出国時には資産の「含み益」を強制的に実現させ、アメリカで課税を行う。この含み益が実現するのは、本来は実際に資産を売却した場合だ。売却した場合には、売却代金が手元に入り、そこから税金を支払うことになる。 しかし、出国税では実際の売却は行わない。売却したとみなされ、いわゆる幽霊利益に対して課税が行われる。たとえば、株を50万ドルで購入し、市民権やグリーンカードを放棄する時にその株の価値が100万ドルだとした場合、この含み益50万ドルが実現したものとして課税される。手元に納税資金がなければ、借入をして税金を支払う必要がある。 さて、資産を5年後や10年後に実際に売却したとする。その時、日本に居住して日本の税金の対象となる。この資産の取得原価は100万ドルに引き上げられ、そのときの売却価格が30万ドルだとすると、譲渡損70万ドルが発生する。 ここで問題となるのは、アメリカで出国税が課された未実現利益と、日本で実際に発生した譲渡損失との関係だ。日米の税制を単純に合算すると、実際には70万ドルの損失が出ているにもかかわらず、アメリカでは先行して50万ドルの未実現利益に対して課税が完結しているという状況になる。 アメリカ政府の観点から見ると、市民権またはグリーンカードを放棄した人が未実現利益を抱えたまま出国すると、将来的にその資産を売却した際に得られる譲渡益に対する課税が困難になる。アメリカ非居住者の株式譲渡益は、原則としてアメリカの課税対象とならないためだ。 アメリカの市民権またはグリーンカードを保持している場合、資産の譲渡によって実現する利益には課税され、その税収はアメリカの社会インフラを支える財源となる。しかし、市民権またはグリーンカードを放棄した人は、アメリカの社会インフラを享受して財産を増やしたにもかかわらず、その果実の課税を受けないまま国外に持ち出すことになる。 結局のところ、国としての割り切れなさと個人としての割り切れなさが残る。アメリカが選択した結果は、国としての割り切れなさを優先したものといえるだろう。
アメリカの贈与や相続では課税主体が贈与者、被相続人となる。これに対して、日本は贈与税や相続税の課税を受ける人は受贈者、相続人となる。 仮に相続が発生し被相続遺族人から相続人に1000万円が渡されたとする。アメリカの税制では亡くなった人が課税対象となり、日本では相続をした人が課税を受ける。 つまり、アメリカでは相続や贈与で財産をもらった人は、課税の対象ではないので相続税や贈与税を原則として支払うことはない。これでお終いとなれば簡単だが必ずしもそうならないことがある。 Form 3520という書類がある。非居住者から相続や贈与で1年間に10万ドル以上の財産を受け取った場合に、その事実の報告をしなくてはならない。ごく簡単な報告だ。 ではなぜこの報告を求められるのか。 IRSはアメリカの市民権やグリーンカードを捨てた人のうち、特にアメリカの税金をたくさん払っていたり、財産を持っていたりする人が市民権やグリーンカードを捨てることで、税金を逃れるのを防ぎたいと考える。 市民権やグリーンカードを捨てた人に対しては、税金をかけることが難しくなる。しかし、お金や財産を受け取ったアメリカ市民やグリーンカード保持者に対しては、まだ税金をかけることができる。そこで、Transfer Taxという仕組みを使って、アメリカからお金が逃げるのを防ごうとする。 Transfer Taxは、市民権やグリーンカードを捨てた人が、アメリカ市民やグリーンカード保持者にお金や遺産を渡したりした時に、そのお金や遺産を受け取った人が払う税金だ。 つまりForm 3520の報告を通じて、IRSは市民権やグリーンカードを放棄した人からの贈与や相続を把握し、Transfer Taxの対象となるかどうかを判断する。 その意味で、アメリカでは相続や贈与で財産をもらった人は、課税の対象ではないので相続税や贈与税を支払うことはないとは簡単に言えなくなる。税金を払う人は財産をもらった人となってしまうことがある。
コップの中に半分入った水を見て、「半分もある」と考えるか、「半分しかない」と考えるか。視点の違いは、時に米国税法の解釈にも影響を与える。 たとえば、海外口座の申告義務(FBAR)だ。FBARは、米国の税法における「US Person」(アメリカ市民、居住者、法人など)に適用される。では、グリーンカードを放棄した場合、もはやUS Personではないので、FBARを提出する必要はないのか。 ここで重要なのが、米国内国歳入法(IRC)§7701(b)(6)だ。この条項により、グリーンカードを返還した年は「原則として」通年で米国の居住者として扱われる。つまり、この年はまだUS Personとしての地位を維持しているため、FBARの申告義務が発生する。 この年のFBARは、通常の申告期間(1月1日から12月31日まで)の最高残高を報告する必要がある。たとえ1月1日にグリーンカードを放棄したとしても、その年の12月31日までが報告対象期間となる。 例えば、放棄後の9月30日に口座残高が最も大きかった場合、その日の残高を12月31日の為替レートで換算して報告する。確かに1月1日にグリーンカードを放棄しても9月30日の残高を報告するとなれば、違和感があることは理解できる。ならば9月30日の為替レートを適用すれば良いのに、さらにそれを12月31日のレートで報告するので、なおさら気になるかも知れないがそうした仕組みとなっている。 グリーンカードを放棄した年の翌年からは、原則として非居住者(non-resident alien)として扱われ、US Personの定義から外れる。そのため、FBARの提出義務も原則としてなくなる。 ただし、例外がありグリーンカードを放棄した後も、アメリカに居住し、滞在日数テストを満たす場合は、引き続きFBARの提出義務が発生する可能性がある。
Form 2555(外国所得控除)は、米国市民または居住者が海外に居住し、一定の要件を満たす場合に、海外で得た所得を米国所得税から控除することを可能とする。2024年では126,500ドルだ。 これは日本で働いている人だと、$1=150円で約1900万円の働いて得た所得を控除でいるので、課税対象の税額がなくなることが多く、実にありがたい精度だ。 米国は全世界所得課税制度を採用しており、米国市民および居住者は、全世界で得た所得に対して米国所得税を支払う。日本で得た所得に対して、日本で税金を支払い、アメリカの税金も支払うので、二重課税が発生する可能性がある。Form 2555は、この二重課税を軽減する。 海外で働く米国人は、現地の生活費が高かったり、米国にいる家族を扶養する必要があったりと、経済的な負担が大きい。Form 2555は、これらの負担を考慮し、海外勤務者を優遇する目的も含まれる。 さて、このありがたいForm 2555に5年ルールが存在する。Form 2555(外国所得控除)を自主的に使用をやめると、向こう5年間は再び利用することが制限される 納税者が頻繁にForm 2555を利用・放棄すると、IRSは、それぞれの状況を個別に審査し、適切な税額を決定することになる。これは、税務行政の負担を増大させ、税金の徴収・管理にかかるコストを増加させる。 納税者が頻繁に税制上の地位を変更すると、税収の予測が困難になり、政府の財政運営に支障をきたす。5年ルールは、Form 2555の利用を一定期間制限することで、税収の安定性を確保し、税制全体の予測可能性を高める。これにより安定的な財政運営を行うことができるようになる。 知らずにForm 2555を放棄すると、5年ルールで向こう5年間使えなくなる事になりかねない。 ただし特定の年に所得がなく、Form 2555を使うことができない場合は、控除の対象となる条件を満たしていないだけで、Form 2555の放棄ではない。したがって、5年ルールの制限対象にはならない。
アメリカの税金は年齢にかかわらず、一定の所得があれば申告が必要である。これは子供にも同じ義務が課せられる。実際には、2、3歳の幼児や小学生が一定の所得を得ることは稀であるが、可能性が全くないわけではない。 とはいえ、情報申告のFBAR(外国銀行口座報告書)では申告要件を満たすことがある。子供がアメリカで生まれ、アメリカの市民権を持っている場合や、親の仕事などでアメリカに一定の期間滞在すると、税務上のアメリカ居住者とみなされる。 典型的な事例として挙げられるのが、祖父母からの贈与金やお年玉を親が管理するケースである。親が教育資金形成を目的に子供名義の日本(海外)の口座を開設し、自身の資金も加えて積立を行う。この預金の合計残高が、当該年のある時点で全海外口座の合計で$10,000を超える場合、FBARの提出が義務付けられる。 ただし実務上の判断では口座の実質的支配状況を勘案する。 *子供が口座の存在自体を認識しているか*未成年者が自発的に口座を操作できるか*親が資金の入出金を完全管理しているか これらを勘案して、形式上は子供名義でも実質的に親の支配下にあるとなれば、「親の口座」とみなされ、親が自身のFBARで当該口座を報告する必要が生じる。実際には多くの子供名義口座がこのカテゴリーに分類され、親による申告が義務付けられる。 まれに子供が実質的な預金口座の所有者と見なされる場合、子供にはFBARの申告義務が生じる。また、子供の金融資産から得られる所得が申告基準を満たす場合、FBARの申告義務が発生する前に、子供は税務申告を行う必要がある。子供が自らFBARを提出できない場合、親または法定代理人が代わりに申告書やFBARを提出することになる。
アメリカの個人所得税の申告期限は、アメリカ本土では2025年4月15日で、日本からの申告期限は6月16日(2か月の自動延長付き)だ。Form 4868を提出することで、10月15日まで延長できる。Form 4868を提出する際に税額がある場合は、その納付も必要となる。 このプロセスは本来は簡単だ。しかしながら、自宅で10分から20分で済ませてしまう方もいれば、何日もかけて取り組んでもうまくできないと感じる方もいる。どちらのケースも十分にあり得る。 では、なぜ簡単とは言い切れないのか。これは税務自体の難しさではなく、パソコンやスマートフォンの使用が苦手であったり、オンラインショッピングでのカード決済に慣れていないことが影響している。 以前であれば、気軽に銀行に出向いて送金を依頼すれば、時間はかかるもののお店の人が手続きを行ってくれた。その場で必要な書類の記入を教えてもらうこともできた。しかし、今では機械化と合理化が進み、人間が対応しない時代となっているし、店舗もATMに取って代わり無人化されていることもある。 確かに、パソコンやスマートフォンを使ってオンラインショッピングをしている方でも、初めてアメリカの税金をクレジットカードで支払う手続きを行う際には、不安を感じることもあるかも知れない。 Form 4868は、電子申告であればすぐに送信可能だ。しかし、電子申告に対応していない場合は、郵便局からForm 4868を郵送することになる。この場合、宛先や発送書類を手書きで記入し郵送しようとすると、受け付けてもらえない。そのため、国際郵便マイページサービスを利用して、パソコンやスマートフォンでラベルや発送書類を作成する必要がある。なお、発信主義なので期限内の発信(消印が期限内)ならば、到着が期限を越えても構わない。 こうなってしまうと、税務の話からパソコンやスマートフォンの使い方に話が移ってしまう。延長申請には思わぬ時間がかかることもある。 それゆえに、今日でも明日にでも行動を起こすことがお勧めだ。支払いだけを先に済ませたり、Form 4868の送付だけを先に行ったりしても問題はない。同時に全てを終える必要はなく、それぞれに時間差があっても申告期限までに完了すれば大丈夫だ。 なお、日本からの申告期限は6月16日なので、あわてることなく申告していただきたい。
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