
2025年7月に成立した米国の大規模税制改正法 OBBBA(One Big Beautiful Budget Act) には、残業代とチップに対する所得税軽減が盛り込まれた。一見すると分かりやすい減税策だが、日本に住み、日本で働くアメリカ市民やグリーンカードホルダーがこの恩恵を受けるのは、実務上きわめて難しい。 残業代非課税の内容 OBBBAで非課税(正確には所得控除)の対象となるのは、残業代の全額ではない。時給1.5倍で支払われる残業代のうち、通常賃金に相当する1.0倍は課税対象で上乗せ分である0.5倍(プレミアム部分)のみが控除対象となる。 この制度は 2025年から2028年末までの時限措置 で、控除上限は独身者12,500ドル、夫婦合算申告25,000ドル。調整後総所得(AGI)が一定額を超えると段階的に縮小・消滅する。 なお、対象は連邦所得税のみで、社会保障税・メディケア税(FICA)は通常どおり課税され、管理職など残業代支給対象外の従業員も含まれない。 制度が想定する労働者像 この残業代控除が想定しているのは、米国労働基準法に基づく残業代を米国内で受け取る労働者である。この前提が、日本在住者にとって大きな壁となる。 日本在住者に適用できない三つの理由 第一に、源泉地の問題である。 雇用所得の源泉は役務提供地で決まるため、日本で働いて得た給与や残業代は日本源泉所得となり、米国内源泉の賃金に該当しない。 第二に、残業代の法的根拠である。 この制度が想定しているのは、米国労働基準法に基づく残業代をる従業員だ。労働時間のすべてを米国外で行う労働者を適用除外としている。 第三に、外国所得控除等との競合である。 日本在住のアメリカ市民の多くは、外国給与所得控除や外国税額控除により二重課税を回避しており、すでに給与全体が除外されている場合、残業代控除を重ねて適用する余地はない。 チップ非課税も日本在住者には無縁 OBBBAにはチップ収入の非課税措置もあるが、日本にはチップ文化がほとんど存在しない。この制度が想定しているのは、米国内の飲食・配車・宿泊などのサービス業で、顧客から直接支払われ、W-2や1099に計上されるチップ収入である。政策目的は「米国内でチップに依存する労働者の可処分所得の引き上げ」であり、日本で給与を得る人が対象となる余地はほぼない。 以上から、日本に住み、日本で働くアメリカ市民・グリーンカードホルダーにとって、OBBBAの残業代・チップ非課税は 原則として適用外の減税措置といえる。

トランプ・アカウントは、2025年成立のOne Big Beautiful Bill Actで導入された、米国市民の18歳未満子供向けの税優遇投資口座だ。2026年7月開始で、米国政府が新生児に1,000ドルを拠出し、S&P500連動の低コストETF(手数料0.1%以下)で子供が18歳になるまで運用させる仕組だ。Child Tax Creditの「現金支援」から「資本蓄積」への進化形となる。 政府拠出1,000ドルの受け取り手順 起点: 親の米国確定申告(Form 1040)で子供を扶養控除対象として申告する。 自動開設: 子供に口座がない場合、IRSが自動で米金融機関(Fidelity等)に口座を作成する。親が申告するだけで口座を開設してもらえる。 入金: 2026年7月4日以降、米国政府から1,000ドル(パイロットプログラム、2025-2028年生まれ限定)が限度額外で非課税の入金がなされる。 口座運用・引き出しルール 管理: 親・保護者が子供名義で米国の指定機関で運用する(日本の金融機関は不可)。 投資: S&P500連動ETF/ファンドに限定される。 制限: 18歳まで引き出し不可。以降は教育・住宅・起業資金でIRA相当の課税を受ける。 全年齢対象: 4歳以上(~17歳)も開設可だが、政府からの1,000ドルはないが、この口座を開設することは可能で、投資の成長を享受できる。 所得が低く米国市民として、米国申告書の提出要件を満たさない場合であっても、米国市民の子供がいるのであれば、トランプ・アカウントの1,000ドル拠出や子ども税額控除の還付を受けるために、Form 1040をあえて提出(任意申告)することが、経済的なメリットを受ける手段となる。 SSN優先の排他性と日本人の現実 OBBBAは子供だけでなく親のSSNを必須にし、ITINを排除する。米国市民ではない駐在員の子供は対象外で、両親非市民・非永住者の米出生児でも米国市民権を否認される可能性がある。一方で、日本在住米国市民の親子には朗報となり得る。米国市民でなければ国籍格差があり、子供の市民権が未来の富を決めるアメリカ・ファーストになりかねない。

アメリカで働く日本人が子どもを帯同する場合、かつては子どもが米国市民でなくても、一定の条件を満たせば税務上「扶養する子ども」として扱われ、税額控除を受けられた。代表例が子ども税額控除(Child Tax Credit)で、子ども1人あたり最大2,000ドルという金額は、学費や生活費の負担を考えると決して小さくない。 子どもが米国市民でない場合、社会保障番号(SSN)は発行されない。そこで、親は代わりにITIN(個人納税者番号)を取得していた。このITINの取得は容易ではなく、1年以上かかるケースもあった。それでも、ITINがあれば控除の対象となり、多くの日本人駐在員家庭が恩恵を受けていた。 • 子ども2人の家庭:年間4,000ドルの控除が可能。 • 長期駐在(3〜5年):累積で数万ドルの節税効果。 2025年からの変更点:SSN必須の厳格化 ところが、2025年分の税務申告から、子ども税額控除を受けるためには、子ども本人が有効なSSNを持っていることが必須条件となっている。ITINしか持たない子どもは、制度上「対象外」となり、控除額はゼロになる。 これにより、子ども2人の家庭であれば、年間4,000ドルの控除が一気に消える。駐在期間が3年、5年と続けば、その影響は家計に決して小さくない。 変更の背景:アメリカ税制のシフトと自国民優先の流れ この背景には、アメリカの税制と社会保障の考え方の変化がある。税金を集める仕組みと、給付や支援を行う仕組みをより明確に分け、「将来もアメリカ社会を支える人」を中心に制度を組み直す流れが強まっている。 この変更は、国籍を問わずSSNを持たない非市民の子ども全体に適用される。税額控除の中でも、生活支援に近いものは「社会保障的な給付」と見なされ、アメリカが自国民を優先する方向にかじを切っている。 現場の違和感 現場で生活する日本人駐在員家庭にとっては、同僚のアメリカ人と同じように税金を払っているのに、なぜ私たちの子どもだけ対象外なのか?という違和感を覚える人も多いだろう。 国境を越えて働く人々が、どこまでその社会の一員として扱われるのか。その境界線が、静かに、しかし確実に引き直されていると言えよう。

2026年1月5日に日本から米国へ入国したとする。日本で働いた2025年12月分の給与が、1月5日に日本の口座へ振り込まれた場合、この給与は「2025年所得か、2026年所得か」という疑問が生じる。国境を超える場合、年またぎ給与は直感と税法上の扱いが混乱しやすい。 米国税務では、「どの課税年の所得か」を確定し、「連邦税で課税されるか」「州税でどう扱われるか」を検討することになる。 1.年分判定 ― 現金主義が出発点 米国の個人所得税では、原則として現金主義が採用される。所得は「いつ働いたか」ではなく「いつ受領したか」により課税年度が決まる。したがって、2025年12月勤務分の給与であっても、入金日が2026年1月5日であれば、米国税務上は2026年度の所得となる。 2.年分が2026年でも、連邦課税は自動ではない もっとも、2026年所得と判定されても、直ちに米国で課税されるとは限らない。 非居住者から居住者へ移行する年(dual-status year)では、受領時点の居住ステータスが課税権を左右する。 米国外源泉で、米国内事業と実質的関連のない所得について o 非居住者期間中に受領 → 課税なし o 居住者期間中に受領 → 非居住者期間に稼得されたものであっても課税対象になる 3.「受領日」と「居住開始日」の前後関係 1月5日に入国・移住している以上、原則的な居住開始日は1月5日である。その受領時点で居住者か否かは、その年の居住者判定に依存する。 居住者として扱う場合: 1月5日を居住開始日(Residency Starting Date)とするなら、同日の入金は「居住者期間の所得」となり、米国で申告対象。 非居住者として扱う余地: 入金が「入国手続き完了(=居住開始)の前」であれば、非居住者期間の国外源泉所得として除外できる可能性がある。 4.市民権・グリーンカード保持者の場合 市民権保持者やグリーンカード保持者は、居住地に関係なく、原則として常に全世界所得に対して米国連邦税が課される。そのため、日本勤務分給与であっても、引っ越し時期とは無関係に連邦税の課税対象となる。 5.州税の取り扱い 州税は連邦税ほど一律ではないが、一般的に以下の傾向がある。 居住者期間:原則として全世界所得課税 非居住者期間:州源泉所得のみ課税 という枠組みを採りつつ、配分規定を設けている。 多くの州では「その州に居住している期間に稼得した所得を課税対象とするため、その州に入る前の日本勤務分給与については、州税の申告対象から除外できるケースが多く見られる。 年またぎ給与は、年分・ステータス・源泉地・連邦と州の二層構造を意識することが大事だ。

2025年12月、モレノ上院議員が提出した「Exclusive Citizenship Act of 2025」(2025年排他的市民権法案)は、従来認められてきた二重国籍、すなわち米国市民と他国市民権の同時保持を事実上禁止するものだ。 1. 法案の概要と背景 この法案は、米国市民権と他国市民権の同時保持を原則禁止し、主に次のような規定を含んでいる。 同時保持の禁止:米国市民権と他国市民権を同時に保有することを認めない。 施行と対応措置:法律成立後180日後に施行され、既存の二重国籍保持者には1年以内に外国籍または米国市民権のいずれかを放棄するよう求める。 猶予期間後の措置:期限内に外国籍を放棄しない場合、米国籍は自発的放棄とみなされる。また、施行後に自発的に外国籍を取得した場合は、直ちに米国籍を喪失する。 これにより、従来の二重国籍容認という枠組みが大きく転換される可能性があり、国籍の選択が個人の生活に大きな影響を与えることが懸念される。 2. 対象者と法的影響 米国で生まれ、他国市民権も持つ二重国籍者(例:米国市民+日本国籍) 米国市民と外国人の親を持つ外国生まれの二重国籍者 外国人と結婚し、配偶者の国法で自動的に外国籍を取得した米国市民 海外で帰化して二重国籍となった米国市民 これらの規定により、法的地位の再構築が求められ、各個人が国籍の選択を迫られる可能性が生じる。 3. 日本人および日米二重国籍者への懸念 特に日本国内に居住する米国市民や日米二重国籍者にとって、この法案が成立した場合の主な懸念は次の通りだ。 Exit Tax(出口税):日本在住の米国市民が米国籍喪失とみなされた場合、Exit Tax が適用される可能性がある。不動産、株式、退職金、保険などの保有資産が仮想売却課税の対象となる。 贈与・相続税への影響:米国籍の喪失により、贈与・相続における税負担が増加し、家族にも経済的な負担が及ぶ。 移動や就労の制限:米国籍を喪失すると、米国内への居住や就労にはビザが必要となり、選挙権や一部の公的給付、職業資格の取得など、米国市民に限定される権利を失う。生活設計全般の見直しが求められる。 これらは、日米間で生活している家族にとって、教育、医療、保険、相続、資産管理といった複数の側面に影響を及ぼす。 4. 税務・資産管理の見直し 法案が成立した場合、米国市民としての全世界所得に対する申告・納税義務が改めて問われる。 米国関連資産の整理:IRA、401(k)、米国不動産、株式など、米国関連の資産について、Exit Tax を含めた見直しが求められる。 税務コンプライアンスの徹底:Covered Expatriate に該当する可能性があるため、FBAR、FATCA、所得税申告の適正な履行が重要になる。 これらは、長期的な資産管理や生活設計におけるリスクを最小限にする対策となる。 「Exclusive Citizenship Act of 2025」は、米国における二重国籍の従来の容認枠組みを根本的に変えうる法案だ。現時点では成立しておらず、従来の二重国籍容認の枠組みは維持されている。今後の動向を注視し、税務・資産管理の見直しや適切な生活設計の調整を行うことが大切だ。

アメリカで「すべての財産を妻に相続させる」と遺言書に記載していても、実務上、必ずしもすべての財産が妻に渡らないことがある。 その代表的な理由の一つが、IRAや生命保険等における受益人指定(beneficiary designation)の扱いである。 1. 受益人指定は遺言より優先される IRA・401(k)・生命保険・一部の銀行・証券口座などは、契約に基づき、受益人指定によって承継先が決まる「非プロベート資産(non‑probate assets)」と位置付けられる。 これらの資産は、原則として遺言やプロベート(検認裁判)を経由せず、金融機関等が「死亡時に有効な受益人指定フォーム」に従って支払う義務を負う。 そのため、遺言で「IRA を妻に相続させる」と書いていても、IRAの受益人指定が前妻や第三者のままであれば、金融機関は、原則として指定された受益人に支払うことになる。 2. 離婚しても自動的に変わらない場合が多い 離婚しても、IRAや一部の退職年金等の受益人指定が自動的に無効になるとは限らず、州法・連邦法・契約条件によって取り扱いが異なる。 離婚判決や合意書に「受益人を変更する」旨を定めていても、当人が実際に受益人指定フォームを更新しなければ、前配偶者が契約上の有効な受益人として扱われる可能性がある。 3. 死亡後の実務上の取り扱い 被相続人の死亡後に、「遺言には『妻にすべてを渡す』と書いてあるので、前妻に支払うべきではない」と主張しても、多くの場合、金融機関は有効な受益人指定に従って支払う。 遺言とのギャップが生じた場合、その調整は相続人・利害関係人間の問題とされ、裁判所も、詐欺・強要・無効な署名等の特段の事情がない限り、受益人指定による権利を覆すことは容易ではない。 4. 予防的に行うべき見直し こうした事態を避けるためには、以下のようなライフイベントのたびに、IRA・401(k)・生命保険・年金・投資口座等の受益人指定を定期的に見直すことが重要になる。 結婚・離婚・再婚 子や孫の誕生・養子縁組 受益人として指定していた人の死亡・大きな事情変更 「すべてを現妻に承継させる」という設計にしたいのであれば、各口座の受益人を現妻に変更し、必要に応じて第二順位(contingent)の受益人も整えておく必要がある。 前妻や第三者に IRA・401(k)・生命保険等を残すのが本来の意図であれば、そのように指定を維持しても差し支えないが、遺言書や受益人指定が古いままで現時点の希望と合致していない場合には、速やかな修正が不可欠である。 年末の「大掃除」に合わせて、財産目録や遺言書とともに、各口座の受益人指定を改めて確認することは、将来の紛争を防ぎ、家族の負担を軽減するうえで意味のある作業と言える。

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