日本で静かに暮らしてきた人が、ある日突然「あなたは米国納税者である」と告げられることがある。いわゆる意図せず米国籍を持つ人 の問題である。本人に米国とのつながりはほとんどない。米国で生まれただけ、あるいは米国籍の親を持つだけで、米国の税務義務が課される。 この構造は、国際税務の世界でも特異であり、当事者にとっては理不尽だ。 米国は世界でも珍しい 市民権ベース課税を採用している。居住地に関係なく、米国籍を持つ者は米国税法の適用を受ける。日本に住み、日本で働き、日本で税金を納めていても、米国は「あなたは米国市民である以上、米国税務申告を行う義務がある」と主張する。 出生時に米国籍を得た人に対して出生証明書を発行する病院も、パスポートを発行する国務省も、 税務義務についての説明は基本的にはしない。 IRS も税務義務・FBAR・FATCA等の説明を積極的に行っているとは言いがたい。 申告義務を知らずに長年放置していた場合、申告書の提出だけではなくFBAR(外国銀行口座報告) やFATCAの未提出が問題となる。未提出にはペナルティがあり、ここで困ってしまう。 実際には、故意でなければ救済策が存在するが、仕組みがわかりにくい。 こうした状況の中で、米国市民権の放棄を選ぶ人も増えている。今般、 国務省が市民権放棄手数料を 2,350ドルから 450ドルに引き下げたことは、市民権を放棄しようとする人にとってはありがたい話だろう。それでも放棄には Exit Tax(出国税) の問題がつきまとう。資産が一定額を超えると、放棄時点で含み益に課税される。これは「自分の意思で取得したわけでもない国籍を手放すために税金を払う」という、逆説的な構造である。 根本的な問題は市民権ベース課税という制度そのものにある。米国籍を持つというだけで、世界中のどこに住んでいても税務義務が生じる。この制度は、グローバル化した現代社会において、ますます多くの「意図せざる納税者」を生み出している。

アメリカに本来納税義務がないにもかかわらず、年金などに対して源泉徴収が行われ、結果として過大に税金を納めているケースが散見される。特に年金の場合、源泉徴収額が大きくなることがある。 これらの誤りを修正すれば、源泉徴収された税金を還付してもらえる。しかし、還付請求には期限があり、IRS は「原則として当初の申告期限から3年以内」に限り還付を認めている。2026年5月時点では、還付可能な年度は次のとおりだ。 2022年度の還付申請:2026年4月15日まで 2023年度の還付申請:2027年4月15日まで 2024年度の還付申請:2028年4月15日まで 還付期限の原則: IRS の還付請求は「申告書提出日から3年以内」または「納税後2年以内」のいずれか遅い方である。ただし、申告書を未提出の場合は「原申告期限(4月15日)に提出したものとみなされ」、還付可能額はその3年前までに限定される。 この原則から、2022年分の還付期限は 2026年4月15日 であり、2026年5月時点ではすでに期限切れとなっている。 では、日本居住者の自動2か月延長(4/15 → 6/15)はどう扱われるのか。 海外居住者は申告期限が自動的に6月15日まで延長される。しかし、これはあくまで「提出期限の延長」であり、税金の支払日や還付期限を延長するものではない。 源泉徴収税や予定納税は、法律上 4月15日に支払われたものとみなされる。 したがって、提出期限が6月15日に延びても、源泉徴収の支払日(4月15日)は動かない。 結果として、還付期限も動かず、2022年分の源泉徴収税は2026年4月15日で還付期限を迎える。 しかし、救えるケースもある。 海外居住者が、例えば 2023年6月15日に実際に税金を納付していた場合、この納付は「実際の支払日」がそのまま支払日として扱われる(源泉徴収とは異なる)。 2026年6月15日までに修正申告を提出すると、提出日から3年以内に支払われた税金として扱われ、この部分は還付対象となる。 つまり: 源泉徴収 → 支払日は 4/15 に固定 → 期限を過ぎれば救えない 実際の納付 → 実際の支払日が採用される → 期限内なら救える このため、今からでも修正申告を行えば、源泉徴収分は救えなくても、実際に納付した税金の一部は還付される可能性がある。

米国の税務では、外から見ると合理的に見えて、内側に踏み込むと急に別の論理が支配している領域がある。FBAR(FinCEN Form 114)は、その典型例だ。 たとえば、次のようなケースを考える。 • 2025年1月1日:グリーンカード保持(=U.S. person) • 2025年1月2日:正式に放棄(極端な話だが) 税法の世界では、この瞬間に非居住者へと戻る。 しかし2025年に一度でもU.S. personだった。よって2025年全体のFBAR提出義務がある。日本の感覚では、義務は「その期間に応じて発生する」のが自然だ。1日だけ居住者なら 1日分の義務があると考える。ところがFBARは違う。 1月1日にU.S. personであったという事実だけで、その年の365日分の最大残高の報告を求められる。その年は丸ごと報告対象だ。この“丸ごと”という発想こそが、個人の直感と最もズレる部分だ。 FBARの1万ドル基準は 年間最高残高 で判定される。 しかし、その最高残高の大半は、たいてい US personではなかった期間の残高 だ。 それでもFBARは言う。 • 「最大残高は1年間を通じて報告する」 • 「換算は12月31日の為替レートを使う」 このズレこそが、FBARという制度だ。税法は、滞在日数や生活の中心を細かく見て、居住者か非居住者かを日単位で判定する。市民権やグリーンカードを放棄した日で居住者期間は終わり、その後は非居住者にもなれる。 しかしFBARは違う。居住者期間の扱いは税法のように日単位ではなく、“その年のどこかでUS Personだったか” だけを見る。そのため、1月1日にグリーンカードを持っていたというだけで、その年は丸ごとU.S. person扱いになる。税法は実態を見て丁寧に区切るのに、FBARは身分だけで一発アウト。金融犯罪を見逃すわけにはいかないという厳しさだろう。しかしながらこのズレには、どうしても違和感が残りやすい。

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