アメリカの租税を考える場合に、その歴史的な背景はイギリスのコモンローにある。さらにその土地保有制度や税金の扱いについては、1215年のマグナカルタ(大憲章)にさかのぼることができる。封建領主が憲章にまとめたものをジョン王に認めさせた。同憲章では自由教会、封建制度法、都市、商業および商人、法と秩序の改革、国王の役人の行動、王室所有林などについて61か条の条文が王権に対する社会の権利を明確に表明する。マグナカルタはイングランドの法律の一部となり、国王も法の上に立つ存在ではないという重要な原則を確立した。 その抜粋: (7)夫の死で、未亡人はすぐに、問題なしに結婚持参金と遺産を持つことができる。彼女は、寡婦産、結婚持参金または彼女と夫が、その亡くなった日に共有していた遺産に何も払うことはない。彼女は夫の死後、40日の間、夫の家にいることができ、そして、この期間内に、彼女の寡婦産は彼女に譲渡される。 この考え方は、今日でも基本的に生きている。結婚持参金はPrenuptial Agreementと考えられる。結婚前に女性が持っていた財産はその人のものである。また、亡くなった夫との共有財産に対しては、相続税を払わない。これは、現在の相続における配偶者控除そのものであり、生存配偶者は故人からの財産贈与については課税を受けることはない。寡婦産の考え方も、現代まで続く。即ち、現代においては相続権になっているが、相続権や遺留分の考え方は、寡婦産とオーバーラップする。一般に、相続権となったのは20世紀に入ってからである。 (8)未亡人は再婚を望まない限り、彼女は結婚することを強要されない。しかし、彼女が国王の土地を保有するならば、国王の同意なしに、あるいは土地を保有するいかなる他の君主からの同意を得ることなく、結婚しないと言う保証をしなければならない。 再婚を強要されないのは今日でも同じである。もともと、土地は国王のもので、論功行賞で家臣の男性がもらっているものだから、本来、死亡した時には返還させられることもあった。これをそのまま保有し続けることは国王の了解を得ておきなさいということだった。 (9)債務者が負債を返済するのに十分な動産を持っている限り、我々も我々の当局も負債の支払いに対し、いかなる土地または使用料を徴収しない。債務者自身が彼の負債を返済することができる限り、債務者の保証は差し押さえられない。財産が無いために、債務者は負債を返済することができないならば、彼の保証はそれに対する責任がある。彼らがそう希望するならば、債務者がその債務を完済し、それをなし終えたと言うことを示せない限り、それまで債務者の土地を保有することができる。 債務の返済は動産からしなさいと言う。国王から預かっている不動産で、債務を返済することはできない。また、債務を返済できない場合は抵当をとられてしまう。これも、今日となんら変わるものではない。 (10)ユダヤ人からお金を借りて、負債がなされる前に死ぬならば、相続人が未成年の場合、彼がその土地を誰から得ているのかにかかわらず、彼は負債の利子を払わない。そのような負債が国王からの場合、それはボンドで特定された元本を除いて何も取らない。 あえて、ここにユダヤ人が出てくる意味合いを、ヨーロッパ社会にいたことがないので、肌で感ずることはできない。マグナカルタから数えても800年である。それだけ、ユダヤ人がお金を貸す業務を行っていた歴史の重みには驚かざるをない。いずれにしても、元本だけは残るものの、利息は免除されるので優しい扱いだ。 (11)男性がお金をユダヤ人に借りて死ぬならば、彼の妻は彼女の寡婦産をもち、寡婦産から負債へ何も払わなくても良い。彼が未成年である子供たちを残して去るならば、子供たちのニーズは彼が土地を保有していた大きさにふさわしく提供されるべきである。負債は、残余財産(取りおいたもの)から払われ、封建君主のための役務のために取りおかれる。ユダヤ人以外の人に借りられている負債は、同様に対処される。 当時の女性の立場は極めて弱いように思える。しかし、実際は亡くなった夫が債務を抱えていたとしても、相続した財産は一切、訴求されることがなく守られていた。その上でそれを除く残余財産があれば、債務が払われる。その場合であっても、国王に対する債務が優先債務となる。 (12)賠償金でない限り、そして、長男を騎士とし、長女と結婚するためならば、いかなる『兵役免除金』または『援助』も一般的な同意なしでは課されない。この目的のためにのみ、理にかなった『援助』は課されるかもしれない。ロンドン市からの『援助』は、同様に扱われる。 賠償金はとにかく、長男を立派な騎士にするためには、インセンティブが用意されていた。男子の長兄だけが不動産を相続する権利を有した。 こうした条文を読む限り、今日においてもなお、大まかにはリーズナブルと思える内容がある。このマグナカルタが作られていた当時の日本は鎌倉時代であった。当時の日本人の財産権や相続権がどうだったのか、人権はどうだったのか逆に興味がつきない。

米国の移民法ではアメリカの市民権を持つ2つの方法がある。一つは、出生地主義により単純にアメリカで生まれることだ。 もう一つは外国で生まれても、少なくとも父母のいずれかがアメリカの市民で、子供が生まれる前に一定期間、アメリカに住んでいると、子供はアメリカ市民となる。 アメリカ大使館のサイトでは次のように言う。 海外で生れた子供で、両親が共にアメリカ人の場合 アメリカ、アメリカンサモア、スウェイン諸島以外の場所でアメリカ人の両親から生れた子供は、父母のどちらかが子供の出生前にアメリカ、アメリカンサモア、スウェイン諸島のいずれかの場所に居住してれば米国籍を取得できます。(居住年数に関する規定はありません) 海外で生れた子供で、両親がアメリカ人と外国人の場合 ● 1986年11月14日以降に出生した子供 1986年11月14日以降にアメリカ、アメリカンサモア、スウェイン諸島以外の場所で、アメリカ人と外国人の親から生れた子供は、子供の出生前にアメリカ人の親がアメリカ、アメリカンサモア、スウェイン諸島のいずれかの場所に合計で5年以上(5年間の内2年間は14歳以降)居住したことがあれば、米国籍を取得できます。 ● 1952年12月24日から1986年11月13日の間に出生した子供 1952年12月24日から1986年11月13日の間にアメリカ人と外国人の親から米国外で生れた子供は、アメリカ人の親が子供の出生前に合計で10年以上(10年間の内5年間は14歳以降)アメリカに居住したことがあれば、米国籍を取得できます。 海外で生まれた非嫡出子で、母親がアメリカ人の場合 母親がアメリカ人で、米国外で出生した非嫡出子は、母親が子供の出生前に継続して一年以上アメリカに居住したことがあれば、米国籍を取得できます。 海外で生まれた非嫡出子で、父親がアメリカ人の場合 アメリカ人の父親と外国人の母親から外国で生まれた非嫡出子は、子供の出生前にアメリカ人の父親がアメリカ、アメリカンサモア、スウェイン諸島のいずれかの場所に合計で5年以上(5年間の内2年間は14歳以降)居住したことがあれば、米国籍を取得できます。 両親ともアメリカ市民なら、子供は自分もアメリカ市民だという自覚があろう。しかし、両親とも日本人でも、自分がアメリカ生まれゆえに、アメリカ市民となってしまうことがある。 アメリカで生まれたものの、赤ちゃんのときに日本に帰国している。しっかり日本人として生きている。日本のパスポートもあり、アメリカに足を踏み入れていないという人もいる。まさに事故でアメリカ人になった人である。 アメリカ市民は世界中のどこに住んでいたとしても、アメリカの全世界所得課税の対象となる。所得の源泉地はアメリカである必要はなく、世界中の所得が対象になる。 自分の所得に対しアメリカの申告を行い、アメリカに税金を払う義務がある。 日本で日本の税金を払っているのと、さらにもう一回、日本の所得をアメリカに申告しなければいけなくなる。 二重課税を回避する仕組みがあるので、ほとんどの場合は、アメリカの所得税は発生しないことが多い。 しかしながら、アメリカへの申告は避けることができない。申告をしていなければ無申告であり、好むと好まざるにかかわらず、アメリカの法に触れてしまう。

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